平塚市環境市民講座が2017年9月9日(土)に行われ、講師として金目川水系流域ネットワークの西岡哲が「水環境を考えるー次世代に引き継ぐ水環境保全のためにー」を行いました。講義は好評で、参加者の28名が熱心に学びに集中していました。



平成29年度環境市民講座
水環境を考える
―― 次世代に引き継ぐ水環境保全のために ――

2017年9月9日 
 金目川水系流域ネットワーク 西岡 哲


1.はじめに
 金目川は丹沢山系を源とし、水無川、葛葉川を合わせ平塚市の西部を流れ、渋田川や鈴川をあわせ花水川と名を変え相模湾にそそぐ神奈川県西部を流れる川です。金目川水系流域ネットワークは、「金目川流域の豊かな自然と地域文化を子供たちに伝えるため、流域の自然と人間の関係を改め見直し、いろいろな分野で活動する団体や個人の交流と助け合いを促すとともに、ネットワークとしても全域を総合調査し、流域のよりよいあり方を提案活動する。」ことを目的としてさまざまな活動を進めてきています。

2.水循環について
 海外旅行に行く機会が多くなった今日、アジアで、ヨーロッパで、アメリカで、飛行機から荒涼とした風景を見たことがある人は多いと思います。それに引き換え、日本列島は、ユーラシアプレートと太平洋プレートとフィリピン海プレートがぶつかりあい急峻で複雑な地形と地質で出来上がっていて世界でも有数の火山や地震による災害列島であるにもかかわらず、アジアモンスーン帯の自然条件の中で、山は緑に覆われ豊かな生態系を育んでいるように見えます。しかし、いま日本の野山は本当に健全なのでしょうか?
 20世紀の広範で急速な技術革新は、ダムや堤防などによる大規模な自然改造をも可能にし、人々の生活を豊かにしてきました。しかしながら、その一方で、自然環境に対し甚大な影響を与え、一部では回復困難な環境破壊を引き起こしてきています。例えば、大規模灌漑のための取水により北海道ほどの面積を有したアラル海の消滅や数百Kmに及ぶ黄河の断流などです。これらの環境破壊の原因は、技術革新による様々な開発や活動により引き起こされる将来の環境破壊等を十分に予測することができなかったことによります。
 水環境問題は、生活圏の水資源・水環境・水災害に関わる問題であり、人間が生活し文明を発展させていくために常に対処していかなければならない課題です。地球上には、土壌・岩石圏、自然の動植物が創り出す生態系、人間活動が創り出した人工系があり、その中を大気圏からもたらされた降水が蒸発散・河川流れ・地下浸透流・湧出流などとして移動し、最終的に海洋に回帰しています。人間や生物の活動は、大気と地盤を切れ目なく循環する水の恵みにより成り立っています。私たちはともすると上下水道など水利用システムが高度に発達した社会に生きているおかげで、水循環を意識しなくとも生活できてしまっています。はたしてこれからも水循環の恩恵を受け続けることができていくのでしょうか?
 現代社会が持続的に発展していくためには、人間活動が水循環に対してどのような影響を与えているかを知り、修復不可能になるまで過度な利用をしないように管理することが重要です。
 日本でこのような環境破壊が起こらなかったのは、ひとつには伝統的に田越し灌漑などのきめの細かな水利用による水田を中心とした農業が行われてきたとによります。川は水が流れているところだけで成り立っているのではなく、森や田畑と密接にかかわっています。
 『日本の風景は、農業と水とのかかわりの中で形成されてきました。日本の農業が豊かな土壌を誇ってこられたのは、第一に農業に依存したこの国土の土地利用があったからであり、小面積で一家が米も野菜も木も育て、牛や豚や鳥も飼い鎌と鍬の農業の伝統を維持してきたからです。人々は労働を山や土地に投入することにより、循環を維持してきたのです。』(富山和子著「水と土と緑 伝統を捨てた社会の行方」)

3.災害と水循環
 堤防や灌漑用排水路の整備により耕地面積は拡大し、農作業は機械化により格段に軽減されて、生産力は拡大してきました。明治以前、金目川は10年に一度ぐらいの割合でたびたび水害を起こしてきました。明治3年8月に北金目村の大堰が決壊し7町あまりが荒地になった後、治水事業などの整備により水害による被害は軽減し、昭和54年10月19日の台風20号による洪水以後大きな被害の記録はないようです。
 農業生産の向上や水害の軽減といったことからすると、水を治めてきたといえそうです。しかし、自然の水の循環ということからみると、これは人間の都合により作り上げられたシステムであり、自然の川の姿ではありません。
 近年通常時の河川流量の減少、渇水問題、それと対照的な極端豪雨による土砂崩れや水害の頻発、水質汚濁の進行、生態系への悪影響などの水循環系の問題が顕著になってきています。これらの問題に対応していくためには、水循環が森林を有する上流域から都市域の下流域へという面的な広がり、地表水と地下水を結ぶ立体的な広がりを有することを考慮し、単に問題の生じている箇所のみに着目するだけではなく、流域全体を視野に入れ水循環を管理していくことが従来にもまして重要になってきています。
 治水が進み、用排水路が整備されてきた今日、災害が減少し、生産力は向上した一方で、土に立脚せず、土地のバランスを大きく崩した土地利用により、循環型社会を断ち切ってしまってきているのではないでしょうか?
 人間にとって自然は、もともと不便でわずらわしいものです。そしてまた、人間もその自然の一部なのです。人間活動の負荷が地球環境まで変えてしまうほど大きくなってしまった今日、私達一人ひとりが今一度自然をよく理解し、自然と向き合っていくことが求められています。

4.金目川水系の水循環
 流域の水環境問題に取り組んでいくためには、多くの方が目に見えない水循環に対し共通の情報基盤を構築していくことが求められます。これまで水循環という複雑な現象は、人間の直感的な理解を超えているため、フィールド調査や観測という手法で得られた断片的な情報から、解釈するのが一般的でした。
 水問題に対処していくためには、例えば金目川水系の水循環がどのようになっているかを把握することが大事です。しかしながら、私たちは地表を流れる川の水や湖、海の水は目にすることはできますが、山地に降った雨が地山にしみこみ河川に湧き出し海まで流動していく姿を目視することはできません。
 金目川の水循環を可視化する方法として、地域の特性を取り込み自然と同じように動くコンピューター上に構築される流域の水循環系シミュレーションモデルを構築し、金目川水系の環境影響評価を客観的・定量的に行うための流域環境総合モデルの構築があげられます。
 すでに金目川の水循環モデルについては、横浜国立大学佐土原研究室の神奈川拡大流域圏モデルや、秦野市が構築している秦野盆地の水資源環境管理のための秦野モデルなどが構築されてきていて、金目川の地表水、地下水が四季を通してどのように流動しているかが明らかになりつつあります。
 神奈川拡大流域圏モデルの対象地域は,相模川流域,丹沢山地,金目川流域で,周辺流域を含む総面積約5,700km2です。東西方向は神奈川県横浜市から静岡県富士市に至る約100km,南北方向には相模湾,駿河湾の近海域から山梨県甲府市南に至る約60kmです。
図1の流線は、地上に降った雨が、地盤中を浸透し地下水となって,再び地上へ湧出する間の3次元流動経路を2次元平面内に投影表示したものです。長い滞留時間をかけて地下深層へ浸透する経路,短い滞留時間で浅層中を移動する経路等が含まれています。
 シミュレーション結果より,相模川を境に西側と東側で流動経路長の特徴が異なり,大局的に西側は長く,東側は短い傾向が読み取れます。流動経路の長い西側の地下水流動は,そのほとんどが富士山麓,丹沢山地に端を発しており,神奈川県域の特徴的な水資源俯存傾向を視覚的に理解することができます。
 地下水の流れは,地形起伏と調和的であるところとそうでないところが見られますが,低地へ流下する過程で水脈が束ねられ,相模川,酒匂川,鶴見川等の主な河川を支えている様相が明瞭に描き出されています。


図1 シミュレーションによる地下水の流動経路

 秦野市は水道水源の約75%を地下水に頼っていることから、秦野盆地の詳細な水循環モデルを構築し、水資源・水環境管理を行う体制を構築してきています。平塚市博物館は、長年にわたる調査研究により平塚の地盤構造を明らかにしてきているので、秦野モデルと統合した金目川水系の水循環モデルの構築が可能な状態にあります。水循環シミュレーションにより、自然の場(地形、地質、土地利用、気象、人間活動)を物理的にコンピュータ上に表現し(擬似自然)、その振る舞いを再現・予測し可視化できます。図2に秦野盆地の地下水流動の様子を示しました。
 流域環境総合モデルとは、この水循環系シミュレーションモデルをプラットフォームとして、様々な情報を統合化し、現状の環境影響を評価し将来予測し、防災、環境教育や政策意思決定などに活用できます。


図2 秦野盆地の水循環の可視化の例(秦野市環境産業部環境保全課)

5.今後にむけて
 2011年3月11日の東日本大震災による津波は様々な意味でリスクに対する備えの再考を迫るものとなりました。平塚市でも津波ハザードマップを作成し、市民に注意を喚起しています。洪水に対しても同様で、金目川中流域では豪雨により堤防が損壊し、もう少し雨が降り続ければ洪水が起こったかもしれないということが最近2度ありました。気候変動の影響によりこれまで経験してこなかった豪雨や干ばつなど、現象の起きる時間・規模などもこれまでの経験では予測不可能なことが起きてきています。
 コンピュータ上に金目川の水循環モデルが構築できていれば、想定される様々な自然事象や人間活動を与え、将来起こり得る環境変化や災害の位置・規模を予測し事前対策を立てるための定量的資料を提出することができ、生活環境の快適性やリスク管理が可能となります。
 水が流域を基本的な単位として循環していることから、金目川流域の水環境に関する課題を明らかにし、行政、企業、市民が一体となって持続的な水循環の維持のために総合的に取り組んでいく必要があります。